空海と最澄
空海について
いきなり、まとめを引用してみましょう。
以上は私の見た空海と最澄の交友論にすぎない。少々最澄に厳しい見方をしたが、私は最澄が嫌いではない。19歳で国家公認の官僧であった最澄が、順調すぎるわが身を恥じて、エリートコースを捨てて叡山に籠山した純粋さが好きである。その凄まじい自己凝視の精神、真面目で愚直なまで生一本で、完璧なモラリストたらんとする最澄に感激さえ覚える。にもかかわらずどこか不器用な生き方に人間性の温もりまでも感じるのだ。それだけに、密教には目もくれず、最後まで法華一乗を貫いて欲しかった。権力の誘いを敢然と拒絶する強さがほしかった。空海はきっとそういう孤高の最澄を生涯の友としたかったように思う。
参考サイト→空海と最澄
参考サイト2→wikipedia 最澄
参考サイト3→wikipedia 空海
空海と最澄はほぼ同時代に生きて、交流もあったと言われているが
なぜ、2人が別々の道を歩んだのかが疑問でした。
参考サイトを見て、納得です。
しかしお二方も命懸けで遣唐使として海を渡り当時最先端の学問や技術を
持ち帰って来ているわけですから、英雄です。
江戸時代から大きく逸れましたね。
次の投稿から江戸時代に戻りたいと思います。








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